FXコラム

ドルが強い、もう1つの理由

【著者】

現在、世界経済の最大の懸念は地政学的リスクとなっている。ユーロ圏で唯一、安定的に成長していたドイツでさえ、ロシア制裁による冷え込みが見られるようになってきた。

また、北アフリカから中東を経て、アフガニスタンに至るイスラム圏の多くが、政情不安などの地政学的リスクを抱えている。そのリスクを悪化させているのが、オバマ政権だ。

先日、オバマ大統領はイスラム国に対し、「口で言って分からないのなら、武力で分からせるしかない」と演説した。弁護士出身の大統領とは思えない発言だ。いや、オサマ・ビン・ラディン容疑者逮捕に当たっても、丸腰で家族と団らんしていた同氏を殺害したことで、法定に引き摺り出して、富士銀行職員など日本人にも数多くの犠牲者を出した911テロの真相究明を放棄した。常識的に考えれば、ずっと疑惑がささやかれていたテロの真相に蓋をした。

オバマ大統領の対外政策は「弱腰」と評されているが、それは米兵の派遣を最小限に抑えているだけで、空爆や無人機による攻撃では弱腰ではない。長引いたイラクやアフガニスタン侵攻から帰還した米兵の多くがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいることから、派遣できなくなっただけで、決して「世界の警察官」の役割を放棄したわけではないのだ。そして、米国内でも警察官の横暴が少なからずの地域で暴動に繋がっているように、世界でも暴動の種をまき散らしているのが現実だ。

こういうことを書くと、反米、もしくは反オバマ政権と、政治的に取られるのではないかと懸念している。実のところ、私は親米で、オバマ大統領にも多くを期待していたことは、私の昔のブログを見て頂ければ分かるかと思う。私は自身の政治的な考えを述べる立場にはなく、経済的な見地からの考えを述べている。

ウクライナ問題の本質は民族問題だ。欧州各地で民族問題の火種があり、政治的、経済的に何の問題もないと思われたスコットランドでさえ、45%もの人々が独立を望んだ。ロシア系住民が大半を占めるクリミアが、政治的、経済的に破綻状態のウクライナから独立し、ロシアへの帰属を望むのは自然だ。また、ロシア軍の基地があるクリミアを、ロシアが受け入れるのも自然だ。というより、他の選択肢があるだろうか?

そんなロシアへの制裁を先導するオバマ政権に、当初、欧州は反対していたが、結局は賛同し、懸念通りに経済が悪化した。日本もプーチン大統領との会合を先延ばしにし、制裁に賛同した。

一方で、8月に米エクソンモービルは、ロシアと共同出資の北極海油田の採掘を始めていた。
参照:Putin Praises Exxon Alliance as Arctic Drilling Starts (英字サイトです)
http://www.bloomberg.com/news/2014-08-07/ebola-drug-from-japan-may-emerge-among-key-candidates.html

地球温暖化による気象変動リスクの高まり、経済的な負担の増加が現実となってきている中で、北極海航路と北極圏の開発は、ほとんど唯一の経済的に明るい側面だ。特に日本は欧州への最短ルートが確保でき、北極海油田は中東への依存度を押し下げる。

これはつまり、太平洋で日本と繋がり、今後、シェール原油やシェールガスを売り込みたい米国への依存度を下げることになる。邪魔したい訳だ。

米政府の制裁強化で、エクソンも槍玉に上がることになった。稼働を始めた北極海油田の即時閉鎖を迫られている。一方のエクソンは、現時点での閉鎖は、2010年に起きたメキシコ湾での、ディープウォーター・ホライズン社の爆発事故に匹敵する自然災害をもたらす恐れがあると牽制した。

米政府は10月10日までの閉鎖と、エクソンに時間的猶予を与えたが、今後の展開は分からない。見返りがあれば、エクソンも政府に従うだろう。
参照:Exxon’s Sanctions Hall Pass Undermines Anti-Putin Push
http://www.bloomberg.com/news/2014-09-25/exxon-s-sanctions-hall-pass-undermines-anti-putin-push.html

ロシア制裁は、つまるところ、日本と欧州をロシアから引き離すための制裁だ。同盟国とはいえ、TPP交渉にも見られるように、常に自己の利益が最優先だ。ロシア取引を失う米国の痛手は、日本と欧州から取り返すことができるが、ロシアと地理的に近い日本と欧州は、米国から高いものを買わされることしか意味しない。

米政府の行動は、自国の利益のために、世界経済に犠牲を強いるものかと思う。とはいえ、こういった不条理を強いることができることも、米国の強さの表れだ。強いドルは当分続くと見ている。

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矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。