相場観と信念

【著者】

FXコラム|2014/08/14

私が相場を始めた頃は、「損切り」はまだ一般的に認知されていなかった。知人の著名ファンドマネージャーO氏などは、私が1990年出版の拙著で、損切りの重要性を説いたことで、それまでと見方を変えた投資家が多いと言ってくれている。それまでのリスク管理とは、分散投資や先物、オプションを利用したものだった。

損切りしたことで、私自身、上司から「お前には信念がないのか」と叱責されたことがある。私にだって信念はあるが、私の信念と相場の動きとが必ずしも一致するわけではない。今なら誰もが賛同してくれることが、異論と見なされる時代が、ほんの少し前まであったのだ。もっとも、「見切り千両」という格言があるので、損切りは、いわば秘伝だったのかもしれない。

日経新聞で相場師列伝なるものを見た。昔の「信念の人」を取り上げている。

(以下に部分引用)

八田の相場ぶりについては、大阪今日新聞が「錚々(そうそう)たる仕手-意思と信念の強い人」として、こう記している。「北浜における仕手として錚々の名がある。彼がひとたび財界の形勢を断じて強弱の方針を樹立するや、3年、5年の長きにわたっても、これを一貫し、その間に財界の消長や相場の波動にどんな起伏があろうとも、所信を曲げず、最後の勝利に邁進(まいしん)するという強固な意思とがん強な信念の持ち主であることで、市場人の畏敬を買っている人だ。今日の資産、信用の基礎はこの意思と信念の強固さによって築かれたものであろう」

参照:強い信念の仕手 八田兵次郎氏
http://www.nikkei.com/markets/column/retsuden.aspx?g=DGXMZO7519080004082014000000

私が信念の恐さ、ファンダメンタルズ分析の恐さを語るときに好んで引用しているのが、2000年から2009年までの米ゼネラルエレクトリックの株価だ。60ドル超から6ドル以下にと、1割以下に減価した。破綻寸前になったり、大問題を抱えたわけではない。6ドル以下になった時点でも、当時、米国の事業法人でたった6社しか残っていないトリプルA企業の1社だったのだ。

相場師だけではない。事業家でも同様だ。ある時期に事業を大きくした経営者を、信念の人と称えることがあるが、個人の信念と事業環境は別物だ。円高時にはほとんどの企業が競争力をなくし、円安に転じたとたんに多くの企業が最高益を更新した。そして最高益を更新した企業は、円高時には攻めることなく、耐えていた企業がほとんどだ。円高時に攻め続けた企業の中には、大底で事業を手放した例もある。相場も事業も現状認識が大切な点は同じだ。このことは、円高デフレ環境で急成長した企業は、これまで通りには行かないことを示唆している。

自己の信念と世界の動きとは別物だ。私自身は、量的緩和時に最も上昇するのは株価だとの「信念」を持っていて、常にロングを維持しているが、同じ銘柄を持ち続けている訳ではない。損切りだけではなく、分散投資や、銘柄入れ替えによる利食いもまた、効果的なリスク管理であることをお伝えしたい。私のなかでは、「利食い千人力」という格言を再評価している。

みんなの株式に掲載されている矢口氏のコラムご覧ください
http://money.minkabu.jp/author/auth_yaguchi
最新記事:2014/8/11 「JPX日経インデックス400、31銘柄を入れ替え」
http:/money.minkabu.jp/46247

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デモトレ大会6回戦

矢口 新

独自テクニカルで『相場のタイミングを捉える』 矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。