ドイツ銀行、銀行受難時代の象徴

2015年11月初旬、ドイツ銀行が危ないのではないかとの質問を受けた。私は問題点を箇条書きにしたうえで、「ドイツ銀行が特に危ないとは思えません。多くの金融機関が問題を抱えているように、世界的に経済政策が機能しているとは言い難い」と、お答えした。

参照(Q&A:ドイツ銀行が危ない?

ドイツ銀行の株価は2016年初の6割の水準にまで落ち込んでいるが、私は「ドイツ銀行が第2のリーマン・ブラザーズになる」という見方には賛同しない。リーマンはサブプライムショックにつながった野放図な住宅ローンバブル、過剰な信用創造のツケを払った形だが、ドイツにはその規模のバブルが起きている兆候が見えないからだ。仮にフォルクスワーゲンが傾いたとしても、米英圏を覆った住宅バブルの崩壊とは比較にならない。

また、4月末に予定されている3億5000万ユーロの債券利払いができるかという点でも、「約10億ユーロの支払い余力がある」とのCEO声明に嘘はないと思う。ちなみに2015年末時点の総資産は1兆6260億ユーロとなっている。

同様に株価が売り込まれているクレディ・スイスのCEOは「当社のバランスシートは改善している。自己資本比率(Tier1)は現在11.4%とこれまでで最も高い。流動性の問題もない」とした。クレディ・スイスは4日、2015年期の純損益が08年以来初の赤字に転落したことを発表していた。投資銀行部門で多額の減損費用を計上したのが響いたという。

ドイツ銀行は、1月28日に行った2015年期の決算発表で、約68億ユーロという過去最大の赤字を計上した。市場予想よりも大きな赤字だった。

上記のコメントでもお断りしたが、私は内外の大手金融機関、銀行に勤めていたというだけで、アナリストではない。ドイツ銀行の経営状態についても、市場動向の情報を追いかけるなかで、自然に入ってくるものくらいしか把握していない。しかし、ドイツ銀行に限らず銀行という産業が、政府当局の規制や政策で追い詰められてきていることは感じている。一般の人にとっては、ドイツ銀行固有の問題よりも、むしろその方に興味があるかもしれないので、その観点からコメントしたい。表現の多少の誇張はお許し願いたい。

私はNHKの朝ドラ「あさが来た」を視聴している。時間が時間なので、毎朝、あるいは昼過ぎに見るのは忙し過ぎるのだが、主人公が三井財閥創始者の娘で、大同生命や日本女子大を創設した女性だというので、見始めた。ほぼ毎回欠かさず見るのは、水木しげるの奥様を描いた「ゲゲゲの女房」以来かも知れない。私には面白い。

その話の中で、渋沢栄一が主人公に「銀行で一番、大切なものは何か」と尋ねるシーンがあった。答えは「信用」だ。銀行は信用してくれる人々からお金を預かり、信用できる人々に貸し出すことが本業だ。金融市場のリスクを大雑把に分けると、信用リスク、市場リスク、オペレーショナル・リスクとなるが、銀行は信用リスクが専門だ。ちなみに市場リスクとは有価証券などの価格変動リスク、オペレーショナル・リスクとは事業継続に伴うリスクだ。

信用リスクを取ることが本業の銀行にとっての、最初の受難は1992年12月末(日本では1993年3月末)から適用が開始された、国際業務を営む銀行に対してのBIS規制だ。自己資本比率や、その詳しい掛け目には触れないが、貸出しや社債、外貨への投資は信用リスクがあるとし、自国債への投資はリスク・ゼロとした。端的に言えば、貸出しを減らし、自国債への投資を奨励した。

その後何年かして、市場リスク、オペレーショナル・リスクも、自己資本比率を算出する際の掛け目に加えられたが、貸出しや社債、外貨への投資は3つのリスク、すべてを取ることになる。その程度が下がったとはいえ、貸出しを減らし、自国債への投資を奨励することには変わりがない。

次の受難は、インフレ連動債を除けば史上初めて、2012年から欧州主要国の普通国債で出現したマイナス利回りだ。当初は、ドイツ、フランス、オランダ、スイス、デンマーク、5カ国の短期国債の利回りがマイナスとなった。これらの国々の銀行は、奨励されて増やした自国債での運用で、これまでの投資分からは大きな利益が出たが、それ以降の投資分からは損が出始めた。

そして、2009年からスウェーデンで、2012年からはスイスとデンマークで、2014年からはユーロ圏で、マイナス金利が導入された。ECBは段階的にマイナス幅を広げ、2015年12月からは-0.3%となった。これはドイツ銀行などがECBに預金すると0.3%の金利支払いを要求されることを意味する。

マイナス金利導入の結果、上記の国々の銀行は、法人客の預金にマイナス金利を適用したり、手数料を上げることで、実質マイナス金利とした。個人預金に適用した銀行すらある。もう、預金はいらないのだ。また、緩和効果は企業にも及ぶので、預金を集めても貸出しは伸びない。つまり、銀行の主要ビジネスは決済口座の手数料収入となり、顧客から余資を預かって金利を支払い、必要とするところにそれ以上の金利で貸出して運用する融資のビジネスがほとんど利益を産まなくなってきた。

ドイツ銀行苦境の理由の1つに、米系銀行と競い合うように手掛けた高リスク取引が挙げられている。しかし、手数料収入はしれている。通常の与信業務では十分な利益が得られず、ECBへの金利負担も重荷だ。15年9月末時点の支店数2792店舗、従業員数10万0407人を維持するには、リスクを取るしかなかったと容易に想像できる。

2015年が大赤字だったことで、今後は高リスク資産を圧縮し、アルゼンチンやメキシコなど不採算地域からは撤退、ドイツ国内も支店のほぼ3分の1を閉めるという。退職金の支給などのリストラ費用がさらに業績を下押しすることになるが、簡素化を進める以外の選択肢は少ない。

ドイツのショイブレ財務相は「ドイツ銀行について懸念していない」と述べた。確かに、ドイツ銀行が生き残る手立てはあるが、仮にリスクを取らず、主な収入源が手数料では、規模の縮小は避けられない。

中央銀行のマイナス金利、国債のマイナス利回りでは、預金者も銀行も損をする。年金や保険の運用でも損をする。押し並べて国民、民間企業が損をするのだ。では、誰が得をするか? 政府だ。政府は借金をすることが利益を生んでいる。

マイナス金利やマイナス利回りは、市場経済が機能していれば生じないような異常事態だ。市場経済では、人間の生命活動にとって不自然なことは、起きても短期間で修正される。

日本の10年国債利回りがゼロ%を割り込み、マイナス金利を付けている世界各国の国債残高は計6兆ドルを越えた。JPモルガンによると、利回りがマイナスの国債残高はわずか2カ月前には3兆ドルだった。では何故、現実にこれほどの長い期間にわたって生じているのだろうか? 私は計画経済の兆候だと見ている。計画経済の国では、移動の自由、職業選択の自由も、一人っ子政策のように出産・子育ての自由も保証されない。世界の市場経済の国々は、急速に計画経済化している。大きな政府になっているのだ。

日本も負けずに大きな政府だ。20年近く続くほぼゼロ金利政策で、安定した高利回り運用が望めなくなった。政府は低利で借金できるが、個人も民間企業も、年金でも保険でも、定期預金でも、ほぼゼロ運用を強いられている。リターンを望むならば、リスクテイクは避けられない。

日本のマイナス金利政策で、日本の銀行の経営選択の自由が大きく狭められた。現状の規模を維持するには、大きなリスクを取るしかないが、それはドイツ銀行などが歩んだ道を辿ることに他ならない。

「ドイツ銀行が特に危ないとは思えません。多くの金融機関が問題を抱えているように、世界的に経済政策が機能しているとは言い難い」と、恐縮だが、今回も同じ答えとなった。

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矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。