夢のあるエネルギー政策

【著者】

コラム|2014/08/26

専門家は、原子力発電は安価で、安全で、電力の安定供給には欠かせないと言い、電力会社は電気代値上げの理由を、原発再稼働が遅れているためだと言う。一方で、私は原子力損害賠償支援機構国債という名の、国の借金だけでこの6月末の残高が4兆8559億円もあることから、原電は安価でもなく、安全でもなく、電力の安定供給すらもできないと考えている。福島の原発処理は、おそらくこの金額でも足りないかと思う。

yaguchi
参照:最近5年間の国債及び借入金並びに政府保証債務現在高の推移
http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/gbb/data.htm

約5兆円という金額は、オリンピックに向けての都市開発、整備や、他の公共事業、民間の設備投資などの金額と比べて桁が違う。消費増税による今年度の税収増の見込み金額とほぼ同じ、日本のGDPの約1%という巨額なものだ。25日のニュースには「ウクライナ、軍備増強に3100億円 対決長期化に備え」というものがあった。

私はこういった資金を再生エネルギーに注げば、再生可能電源で、ゆくゆくは日本のエネルギー自給は可能になるかと思っている。そこで先日、「未来志向のエネルギー政策」と題した小文を書いた。末尾だけ引用する。

「円高対策で行ったように、頭を使うのだ。工夫するのだ。例えば、防災波消し効果を担う波動発電。防災風よけ効果を狙った風力発電。防災用の水力発電。波や風、水の恐さ、エネルギーの大きさを知っていて、より効果的に利用できないはずはない。また、瓦の形をした小型の太陽発電ができれば、全居住一軒家の屋根を覆うことは可能だ。景観も失わない。

原発には夢がない。過去に引きずられて、未来志向を失っているに等しい。原発の過去をしっかりと反省し、損切りし、未来のエネルギーに向かって欲しいものだ。これ以上の電気代の値上げは多くの企業、また、全人口の15%に達していると言われている飢餓世帯には、それこそ、待ったなしの死活問題なのだから。」

参照:未来志向のエネルギー政策
http://money.minkabu.jp/46039

能登半島西部・石川県の千里浜なぎさドライブウェイの浸食が進んでいるという。ほんの一昔前までは波打ち際から草地までの幅が100メートル以上もあり、ソフトボールなどもできたと言う。今は30メートルほどに縮まり、交通規制もあると言う。私も昔、車で走ったことがあるが、他では味わえない体験だった。

英国でも海岸の浸食が進んでいる。狭い砂浜から切り立った崖が崩れ始め、崖の上の家からの避難が始まっている。世界の各地で防波堤の必要性が高まっているのだ。

そんな英国ウェールズ南部のスウォンジー湾に、10.5キロメートルの防波堤で囲った人工ラグーンを建設し、潮力発電で15万5000世帯以上に電力を供給する計画があるようだ。

防波堤の外の海面が上がると、それが押しとどめられて、内と外の水位に差が生じる。水位差が十分な大きさになったら、「水門」を開き、ラグーンに流れ込む水流をタービンに通してエネルギーを得る。潮が引くときには、逆向きに同じことが起きる。つまり、エネルギーを得られるチャンスは1日に4回ある。

発電の仕方と、人口ラグーンをどのように活用するかは、以下のページのビデオ映像にあるので、ご参照頂きたい。英語が聞き取れなくても、映像だけで十分に内容が分かると思う。

参照:世界初、人工ラグーンの潮力発電は15万世帯をまかなう
http://wired.jp/2014/08/23/swansea-tidal-lagoon/

この人口ラグーンへの投資金額は6億5000万ポンド、1122億円ほどだ。開発者グループは、ほかにサウスウェールズへの約5億ポンドの投資と、1,900人分の職がもたらされるとしているとしているので、電力以外の経済効果も見込めることになる。

原子力損害賠償支援機構国債の4兆8559億円は、必要不可欠とはいえ、前向きの資金とは言い難い。もはや電力も生まず、それでも足りないかも知れない。核の廃棄場所はどこにもないのだ。そして原発を再稼働すれば、同じような悲劇を繰り返す可能性を否定できない。

これだけの資金があれば、単純計算で43箇所に人口ラグーンが建設でき、671万世帯の電力源となる。ラグーンの活かし方では、大きな経済効果を生む可能性がある。そして何よりも、防災対策、海岸の浸食を止めることができるのだ。

原発と潮力発電、どちらが経済的で、どちらに夢があるだろうか?

【みんかぶマガジン】矢口氏のコラム
最新記事:16/12/5「イタリア国民投票の焦点
[YJFX-ad_468.60]
デモトレ大会6回戦

矢口 新

独自テクニカルで『相場のタイミングを捉える』 矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。