FXコラム

ユーロとギリシャ問題【その2】

【著者】

ギリシャは11日、12日が期限となっている約7億5000万ユーロのIMF融資を返済した。一方、ユーロ圏財務相会合はギリシャへの支援融資の再開を見送ったことを明らかにした。

>>その1:ギリシャ問題は、ギリシャだけの問題か?

その2:米英の利下げと、ユーロの利上げ

米FRBは2007年9月から利下げを開始する。英BOEは2007年12月から利下げを始めた。

一方、ECBは2008年7月には利上げを敢行。利下げは2008年10月になってからだ。その時点では米FRBは超低金利政策に加えて、量的緩和を開始する。英BOEも量的緩和を始めた。

参照図:米英欧政策金利の推移(赤字が2007年後半以降の利上げ)
米英欧政策金利

なぜ、ECBは米英と歩調を合わせずに利上げしたのだろうか? 

ECBの中核は、旧ドイツ連銀だ。ドイツ連銀は昔も今も、インフレ・ファイターとして有名だ。2007年当時、独仏PIIGS7カ国中のインフレ率は許容の2%を超え、4%台と既に高いアイルランドを除く諸国はインフレ率が加速気味だった。ECB利上げの背景には、インフレ懸念があったことが明らかだ。

参照図:独仏PIIGS諸国の消費者物価指数の推移
欧州CPI

では、米英はなぜ、あれ程までに利下げを急いだのか? 

米英の利下げの背景は米サブプライムショックだ。米連銀の急速な利下げと、その後に続く未曾有の量的緩和は米連銀の危機感を表している。BOEも米連銀に続き、利下げと量的緩和を敢行した。

米サブプライムショックの影響は、欧州では英国の他に、アイルランドとスペインに強く見られた。両国には米英並みの利下げが求められたが、両国にユーロ圏の金融政策に対する発言力はなく、利上げという傷口に塩を塗るような政策が採られた。

サブプライムショックにより米英の金融機関は大きな痛手を負い、急速な利下げにも関わらずリーマンショックにつながった。欧州の景気も落ち込み、そこに至ってようやくECBは利下げに踏み切った。

ECBにアイルランドやスペインなどを軽視する悪意がなかったとすれば、利上げは完全なる政策ミスだったと断じていい。

参照図:独仏PIIGS諸国の実質GDP成長率の推移
欧州実質成長率

(その3:PIIGS諸国は、本当に豚野郎か?へ続く)

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矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。