世界の金融市場はプーチン大統領の「出口戦略」に注目?

世界の金融市場はFRBでなく、プーチン大統領の「出口戦略」に注目しているというコメントを目にした。

(以下、抜粋引用)
ウクライナ危機がどのような経路で欧州経済に悪影響を与えたか?

a.ロシア向け輸出減

ユーロ圏の1~8月のロシア向け輸出は前年比14%減少しました。ユーロ圏の輸出に占めるロシア向けの比率は5%なので、輸出全体を0.7%押し下げたことになります。この大幅減は経済制裁やロシア経済の悪化が原因です。ロシア経済の悪化もそもそも制裁が原因なので、輸出の減少についてはほぼ全てがウクライナ危機の影響と言えます。

b.企業マインドの悪化を通じた設備投資減

定量化は困難ですが、より影響が大きかったと思われるのが設備投資の減少を通じた経路です。4~6月のユーロ圏GDPは前期比横ばいでした。足を引っ張ったのは総固定資本形成(設備投資、住宅投資、公共投資の合計)で0.3%減、5四半期ぶりのマイナスとなりました。8月のドイツの製造業受注が前月比5.7%減となったことなどから、その後も設備投資の低迷は続いていると考えられています。

企業が設備投資を抑制するのはウクライナを巡る緊張が高まり、ビジネス環境の先行きに不透明感が高まったためです。こうした状況では企業は不透明感が薄らぐまで、設備投資を先送りしようとします。特にエネルギーやインフラなどロシア関連プロジェクトに関与する企業への影響は大きかった模様です。

ウクライナ危機は原油高でなく経済制裁を経由して実態面に影響を与えました。これは史上初めてのことかもしれません。

ウクライナは停戦合意の際に「ドネツク、ルガンスクの東部2州に特別な自治権を与える」と表明しました。また天然ガス輸出再開については、9月行なわれたウクライナ・EU・ロシアの三者協議でEUが「ウクライナが未払いのガス料金を一部支払うことにより、ロシアは今冬に一定量のガスの供給を保証」する案を提示しています。

したがって現在ボールはロシア側にあると言えます。そこで想定されるロシアの対応について、3つのシナリオを考えてみました。

シナリオ1(早期収束シナリオ)

軍事介入をこれ以上継続することは困難と見て、プーチン大統領が方針を転換し停戦を履行。またウクライナへの天然ガス供給についても代金の一部支払いを条件に再開することで合意するとのシナリオです。この場合、欧州経済に関する不透明感は一気に後退。市場は今までと逆に株高・債券安。ドル高になると予想されます。

シナリオ2(現状継続シナリオ)

停戦は完全には履行されず部分的な戦闘が継続。天然ガスの供給も再開されないとのシナリオです。この場合、株安・債券高はいったん収まるにしても、世界経済に関する不透明感は残るため、株高・債券安への反転にはまだ時間がかかると予想されます。

シナリオ3(紛争拡大シナリオ)

再度緊張が高まるシナリオです。10月26日に行なわれるウクライナ議会選挙で親ロシア派に対して強硬姿勢を主張するティモシェンコ連合が勝利してウクライナ政府の姿勢が硬化。あるいは11月2日に親ロシア派が代表選出選挙を強行することにより停戦合意が有名無実化することなどが考えられます。この場合は、制裁のさらなる強化が予想されるため、欧州経済は一段と悪化。日米経済に波及する可能性も高まり、市場では株安・債券高が進むと予想されます。

この3つのシナリオが生起する確率は、シナリオ1が60%、シナリオ2が35%、シナリオ3が5%と考えていました。10月16~17日にかけてイタリアのミラノで開催されたアジア欧州会議(ASEM)の首脳会合で早くも緊張緩和に向けた進展がありました。

ロシアとウクライナ、さらにEU主要国の首脳も加わった会談で、ガス供給再開に向けて前進が見られました。10月21日から3日間、ガス輸出再開に関するウクライナ・EU・ロシアの三者協議が予定されており、ここでの合意成立が期待できそうです。

またプーチン大統領はウクライナの分割を望んでいないと表明したと伝えられています。これらの動きはシナリオ1が生起する確率をさらに高めるものと言えます。

現時点ではまだ断言できませんが、もし今後緊張緩和の動きが進めば、それに伴って世界の株式市場は明確な上昇基調に転じると予想しています。市場ではFRBの出口戦略に注目が集まっていますが、同じ出口戦略でも、注目すべきはむしろプーチン大統領のウクライナからの出口戦略でしょう。

参照:世界同時株安のカギを握るウクライナ危機
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141021/272831/?n_cid=nbpnbo_mlp

何に注目するかは、人それぞれだろうから、「FRBでなく、プーチン大統領の」出口戦略に注目する人がいても不思議ではない。また、ウクライナ危機が、あるいは対ロシア制裁が、欧州と世界経済に与えた悪影響については、その通りかと思う。しかし、出口戦略の内容については、私には異論がある。どちらの見方を参考とするかは、皆様の判断次第だ。

「シナリオ1(早期収束シナリオ)軍事介入をこれ以上継続することは困難」

これは、ロシアがウクライナ侵略を始めたという見方だ。しかし、事の始まりは、反ロシア親西洋(NATO)勢力が、親ロシア的(少なくとも親NATOではない)政権を武力で追放したことに始まる。そこで、ロシア系住民が大半を占めるクリミアに民族運動が起こり、住民投票を経て、ロシアに帰属した。この時、クリミアの民族運動をロシアが煽った可能性は否定できない。

ここで、ロシアがウクライナ東部への軍事的支援を止めることで、NATO側がロシア制裁を止めるならば、ウクライナ問題はいったんの終息を見ると思う。そこで残るのは、ウクライナのロシア人という民族問題だが、個人の権利を慮る体質のないソ連で権力を得たプーチン大統領にとってはどうでもいいことかもしれない。むしろ、同民族を見捨てるという国内での反発の方が懸念となるが、制裁解除と引き換えならば、国内も納得するだろう。

しかし、NATOが望んでいるのが、クリミアの割譲ならば、ロシアに譲歩の余地はないかと思う。北極海を除いては、ロシアの海は太平洋側と、黒海しかない。黒海に突き出たクリミア半島は軍事上の要地で、だからこそ、ソ連は黒海艦隊の基地を置いていた。ロシアにとっての誤算は、ソ連内でクリミアをロシアからウクライナに移管したことだ。私の故郷の紀州新宮藩も和歌山県と三重県に2分されたが、こういった日本の県境の変更と同様、他国との境界線ならばあり得ないことだった。

ロシアにとってNATO側となったウクライナにクリミアを割譲することは、ロシア黒海艦隊の基地を、東欧や旧ソ連の国々を巻き込んで反ロシアで拡大してきたNATOの基地とされることに等しい。つまり、戦わずして軍門に下ることになる。ソ連邦崩壊を歴史的な汚点とするプーチン大統領には、絶対に受け入れられないことだ。

私の見方では、プーチン大統領はリスクとコストを費やしてまで、ウクライナ東部まで併合する意向はない。ウクライナがかっての兄弟関係同様に、親ロシアであり続ければ、クリミアのロシア軍基地を借りるという形で収まったかもしれない。しかし、ロシアを仮想敵国とみなすNATO寄りとなると、あり得ない選択となる。これまでのところ、英文メディアでは、クリミアのロシア帰属を問題としているので、シナリオ1のような展開は考えにくいかと思う。

ウクライナ問題は、米国がロシア制裁を止めればすぐにでも解決する。米国を主導する勢力はオバマ大統領や、NATOで代表される勢力だけではない。シェール原油やシェールガスで、ロシアと競合するはずのエネルギー産業ですら、エクソンモービルのようにロシアとの提携を望んでいる。それくらい北極海開発は魅力的なのだ。また、モスクワ空港で事故死した、仏石油メジャー、トータル社のデュ・マルゲリー氏も、西側諸国にロシア・ビジネスと個人に対する制裁により、「新たなベルリンの壁」を築くなと働きかけていた。
参照:Russia Loses Oil Ally in De Margerie After Moscow Crash
http://www.bloomberg.com/news/2014-10-21/russia-loses-oil-ally-in-de-margerie-after-moscow-crash.html

宇宙開発でも、米ロはかけがえのない相手として密接だ。世界経済のパートナーとしても重要だ。私は米国、西洋諸国の「新たなベルリンの壁」を築くなとの働きかけで、ウクライナ問題が解決するとみている。ウクライナの民族問題は残るが、それはどの国でも同じだ。

また、FRBの「出口戦略」利上げ時期が、プーチン大統領の意向よりも重要だとは、私にはとても思えない。

【みんかぶマガジン】矢口氏のコラム
最新記事:16/12/5「イタリア国民投票の焦点
矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。