海外移転できない生産物の輸出

【著者】

農林中央金庫などJAグループは農産物の中東向け輸出を増やすために、今年度中にみずほ銀行と組んで総額500億円のファンドを設立する。日本の農林水産物・食品の輸出額は2013年の実績で、5500億円だった。政府は30年までに約10倍の5兆円に引き上げる目標を掲げている。

参照:JA・みずほ、農産物輸出へ基金 中東向け500億円
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF05H01_V01C14A0MM8000/?n_cid=TPRN0003

円安でも輸出が伸びないことの背景の1つに、日本の製造業の海外移転がある。長らく為替リスクに苦しんだ大手輸出製造業が、生産設備の一部を海外に移すことで、現地生産、現地販売を試みたところから始まった。現地生産、現地販売はもとより、近隣地生産、近隣地販売でも、運送にかかる時間とコストとが大きく節約できる。安価な労働力や、原材料が調達できる所での生産にはメリットがあるのだ。また、対円と比べ、近隣諸国の通貨は通貨変動が抑制されていることも多く、為替リスクも軽減できた。

大手製造業だけが海外移転すると、その下請け企業が為替リスクに苦しむようになる。そこで、下請け、孫請けと、生産工程そのもの全部が海外移転するようになった。そして、下請け企業たちは、系列を超えて、海外で自社製品の販路を拡大していった。2011年までの円高の勢いは凄まじく、海外移転か、座して死かという状態だった。

2011年から燃料輸入が急増し、輸入総額が輸出総額を上回るようになった。こうした貿易赤字による円売り実需の急増が主因となり、円相場のトレンドが円安に転じた。海外移転もできずに、八方塞がりに思えていた小規模製造業に、ようやく光明が差すようになった。100万ドルの売上げで、一時は7600万円ほどしか計上できなかったものが、1億1000万円近くの売上となったのだ。コストも上がったが、それでも大幅な利益増となった。

一方で、海外移転したところは、移転した部分に関しては、為替リスクがなくなった代わりに、為替リターンもなくなった。そして、国内で減少した生産設備の分だけ、輸出の伸びも期待できないでいる。とはいえ、通貨変動などという、国を挙げても管理しきれないものから、経営リスクを切り離すのは賢明な判断だといえる。

ここで、必ずしも小規模でなくても、海外移転を望むにも望めなかった産業がある。農林畜産業もその1つだ。日本の土地に密着したものだからだ。日本の農業は生産性が低い、国際競争力がないと散々言われてきたが、円高で国際競争力を失ったのは、トヨタもパナソニックもソニーも同じだった。世界を代表する日本の製造業が、世界で超一流のモノを作り続けてきたかには疑問の余地がある一方で、お荷物扱いされてきた農林畜産業だが、世界で超一流というものがあるのではないかと思う。

イオンがコメの生産に参入する。まとめて借り上げた農地を意欲のある生産者に貸す政府の「農地バンク」を活用するようだ。コメを輸出しなくても、円安で海外産が割高になれば、円安メリットを受けることになる。

円安の恩恵は、円高に耐え続けてきた産業が受けることになる。国内旅行、サービス業、小売業など、内需産業は円安で割安となる。そして小規模製造業や農林畜産業など、日本で製造生産しているものの輸出は、最も大きな恩恵を受けることになるのだ。

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矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。