ポンドドルの底値は? :欧州連合の未来 -5-

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前回記事:欧州連合の未来 -4-

英国のEU離脱決定を受け辞任を表明したキャメロン首相の後任に、テリーザ・メイ内相の就任が決まった。英国では故サッチャー氏以来、2人目の女性首相となる。キャメロン首相は13日にエリザベス女王に辞表を提出し、メイ氏が同日新首相に就任する。メイ氏は、英国は対EU交渉戦略を策定するための時間が必要だとし、年内は離脱手続きを開始しないとの立場を表明した。

ブレグジットに関しては、英文メディアからも「行き過ぎた民主主義」と評され、経済面を中心にそのデメリットが大きく報じられてきた。

物事には、何事にもメリットとデメリットがある。ブレグジットのデメリットだけを取り上げれば、確かに大きなダメージだ。特に目立ったのが不動産ファンドで、多くのファンドが解約凍結に追い込まれた。またポンドの急落を受けて、経済規模でフランスが英国を抜き世界第5位に浮上した。IMFのデータによると、英国2015年のGDPは1兆8640億ポンド。ユーロ換算で比較すると、2兆1720億ユーロ相当と、フランスの2兆1820億ユーロを下回った。

一方のメリットとして、ユーロ圏諸国にはないが、英国には独自の通貨・金融政策があり、財政政策がある。また、外交政策もEU政府に気兼ねすることなく、自由に行える。例えば、英国で生産し、EUに輸出している日本の自動車メーカーは、ブレグジットによりEUへの輸出に関税がかけられることは痛手だと、離脱に反対していた。それに対し、英国のオズボーン財務相は、現在20%の法人税率を15%以下と先進国で最低水準に引き下げる考えを明らかにした。このように、独自の政策を機動的に運用できることは、大きなメリットだ。

ここで、私が疑問に思ったのは、なぜ英国に工場を建てたのかということだ。英国よりも安く労働力を得られる国々は、南欧、東欧圏を中心にいくらでもある。その国がユーロ圏ならば、為替リスクもない。時には関税率など比較にならない位動く為替リスクを承知で英国に工場を建てたのは、それなりに有利な条件があったはずだ。でなければ、株主への説明責任が果たせない。

私が勝手に推測する英国進出のメリットは以下の通りだ。

1、英語圏である

ブレグジットにより、EU政府並びにECBでの公式言語から英語を外すべきだと発言したEU高官がいた。では、英語に代わる言語は何か? ドイツ語か? フランス語か? イタリア語? スペイン語? オランダ語? 数え上げれば切りがない。とはいえ、どの言語を選んでも、EU統一の理念からは逸脱する。

英国ならば、英語というすでに確立した国際共通語で仕事や生活ができる。それ故に、世界中から優秀な人材を集めることもできる。

2、金融制度が整備されている

国際取引契約は英語で作られ、英国法かニューヨーク州法が準拠法で、裁判管轄はロンドンかニューヨークとなっている。これをフランス語やドイツ語で契約書を作り直し、今後はパリやフランクフルトでの裁判を前提にすることは、EU統一の理念から逸脱し、コストも膨大なものとなる。また、英国の法制度は歴史があり、安定していて、リスクが少ない。

3、金融市場が発達している

外為市場、金属取引所(LME)、海運市場(バルチック海運指数)の規模は世界一だ。また、ロイズの再保険がなければ、世界の損害保険ビジネスが成り立たない。そして、それらを支える法律事務所、会計事務所などが充実している。

4、地の利がある

英国は欧州大陸と米大陸の間に位置する。また、英語と歴史的な事情から、中近東やアフリカ相手のビジネスはロンドンがカバーしている。日本企業にとっても、ロンドンに拠点を置く重要性は、今後も変わらない。

5、規制の質が違う

EUの規制は、EU統一を前提にした規制で、域外に対しては、排他的だ。一方、英国はEUメンバーであることよりも、国際的であることを優先してきた。今後もEUが統一に向けて進むことが前提なのに対し、今後の英国はますます国際的にならざるを得ない。

ブレグジットで、ポンドは対ユーロで2015年11月から2割以上下落した。これは同時に、2割の関税に耐えられることを意味する。また仮に、ブレグジットが英国没落の始まりなのなら、今後もポンド安のメリットが享受できることになる。そして、そうなれば英国政府からは、さらに有利な条件を引き出すことも可能かもしれない。

また、残留派が言い続けてきたように、英国の不動産や株価が下落し、雇用が失われて、大きなダメージとなるとすれば、これまで不動産価格が高くて進出できなかったところに、大きなチャンスが巡ってきたことになる。株式も安くなれば買えるようになる。中国資本はブレグジットを千載一遇の好機として、英国資産を安値買いしたという。また、雇用市場が買い手市場になるのなら、進出するところにはメリットがあり、感謝もされる。

ブルームバーグの報道によれば、6月30日から7月4日から行われた調査で、調査に応じたヘッジファンドのうち、ブレグジットをマイナスだと捉えているところはゼロだった。

参照:Hedge Fund Managers See No Long-Term Brexit Damage in Survey

ポンド安は継続中で、今後は対ドルで1.15まで売られるという観測もある。今、目にすることができるチャートでは、確かに底なしに見える。しかし、ポンドがここまで売り込まれたのは初めてではない。1984年頃だったと思うが、ケーブル(ポンド・ドル)がパリティ(1.00)になるという観測があった。実際は、1.05か、1.0050か忘れたが、東京時間につけた最安値を底に、ケーブルは反発し続けた。今は三菱東京UFJになった1行が500万ポンドのプライスを求め、今はみずほ銀行になった1行が応じて、前者が売り、後者が買った。この取引は当時、インターバンクの外為ブローカーをしていた私が取次いだ。懐かしい思い出だ。

私は、ケーブルのこのレベルは買いだと見ているが、ポンドはむしろ対ユーロで買いたい。

ユーロポンド

英次期首相のメイ氏は国民投票ではEU残留を支持していたが、投票結果は覆さないと表明。この日の保守党党首就任後も、「ブレグジットはブレグジット、決まったことだ。私たちはEU離脱を成功裏に導く。私たちはこの国の未来に対して、強く、新しく、前向きの見方をしなくてはならない。一部の特権階級のための政治ではなく、私たちすべてのための政治だ。そして、人々が自分たちの人生にもっと自分で関与できる国にする。そのように皆で力を合わせて、より良い英国をつくりましょう。」と述べた。

参照:May to Succeed Cameron as Britain’s Prime Minister on Wednesday

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矢口 新

独自テクニカルで『相場のタイミングを捉える』 矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。