FXコラム

所得税と消費税 -5-

【著者】

前回記事:所得税と消費税 -4-

平成元年に始まった消費税の導入と、それに伴った法人税率の引き下げは、政府を仲介に、個人から企業への所得移転を意味する。ほぼゼロ金利政策やマイナス利回りで、貯蓄や年金、保険資産を侵食し、ゾンビ企業を存続させることも、個人から企業への所得移転を意味する。正規雇用から非正規雇用への転換も、個人から企業への所得移転を意味する。その意味では、昭和末期以降の日本の経済政策は、一貫して個人から企業への所得移転を意味している。

個人と企業、どちらを優遇すべきかについては、あえて触れないでおこう。インフレ政策のように、企業を優先することで国が栄え、結果的に個人が恩恵を受けるのなら、意見の相違があっても、議論の余地があるからだ。問題は、個人から企業への所得移転を進めたことで、個人資産が侵食されたことはもとより、日本経済そのものが縮小し始め、税収が急減し、国の財政が破綻状態となったことだ。優遇されたはずの企業も以前のような輝きがない。つまり、この税制改革で得したのは、個人でも企業でも、国でもない。一部で富の独占があるのだろうが、少なくとも日本国内の大半が貧しくなった。

にもかかわらず、政府、財務省、与野党の有力者たちは、インフレ政策を採り、財政再建を建前に消費税率の更なる引き上げを画策し、マイナス金利政策でゾンビ企業の更なる延命を図っている。つまり、個人から企業への所得移転を更に押し進めようとしている。これだけの資料を用意している財務省が、これで財政再建ができると信じているとは思えないのだが。

国外に目を向けると、サブプライムショック後のユーロ圏諸国では、住宅バブル崩壊後の景気後退時に利上げされ、傷口が大きく広がった。また、リーマンショック後に財政出動を試みた国々の首長は例外なく全員解任され、後任の首長が緊縮財政を受け入れた。経済危機時に利上げしたり、緊縮財政を行うことは、教科書的にも破壊的な行為なのだが、現実にそれが行われ、それらの国々の経済は文字通りの破壊的な打撃を受けた。その後、ECBがマイナス金利政策、量的緩和政策を採ってからは、それなりに回復してきているが、今も多くの国の失業率は2ケタ台から下がらない。

経済危機時の利上げや緊縮財政とは、例えれば、震災などで税収が落ちたところに復興予算を組む代わりに、財政再建と称して予算を削り、支払い金利を引き上げ、公務員を解雇するようなことだ。これは実際にギリシャなどで行われた。そして債務返済のために民営化された港湾をはじめとしたインフラ設備を買ったのは、主にドイツと中国だった。これは、はっきりとした「悪意」なのだが、ユーロ圏の取り決めということで押し切られた。

そういう事実を目の当たりにしていると、社会保障費の財源確保のために消費税率を引き上げたということにも、「悪意」がないかを検証する必要があるかも知れない。これまで述べてきたように、消費税導入と法人税率の引き下げ以降、日本経済は縮小を続け、税収が減り、国の財政が破綻状態となった。そして、日本全体が貧しくなった。ここでの更なる消費税率の引き上げで、財政再建が成ると言うのは、詭弁でしかない。

百歩譲って、それでも所得税収は景気に左右されるが、消費税収は安定している点は認めよう。とはいえ、景気後退時でも消費税収なら安定しているという意味は、飢饉の時にでも年貢が取れるという意味だ。そのしわ寄せは、間違いなく教育や先行投資といった、未来にかける資金の減少につながる。夢など追っていないで、カネにならない勉強などしないで、働いて一円でも稼げという考え方だ。そして、若者が未来を犠牲にして稼いだ1円を、財政再建と称して国が持っていく。

スペインでは財政再建のために、多くの雇用が犠牲になった。20歳代の若者の約半数が5年ほども仕事につけないでいる。私は、半数の若者が長期間、労働力とならないで、その多くが社会保障費を受け取って、それで財政再建がなるという考え方が理解できない。この考え方は、スペイン人の考え方というよりは、ユーロ政府や国際機関の考え方だ。私は、スペインは、その未来も幾分かは侵食されたのではないかと思う。

雇用市場に関する限り、アベノミクスは大きな成果を上げたが、日本の未来を考えるのなら、景気後退時でも消費税収が安定していることの恐ろしさを真剣に考えてみるべきだ。
また、財政の健全化を願うならば、財務省が用意している資料を正しく分析し、消費税を破棄して、経済成長による所得税収増に賭ける忍耐が必要だ。仮に経済が成長し、利益が上がっているのに税収が増えないのなら、税率を上げるべきは法人税や所得税だ。種まきや若木の時期に刈り取ってはいけない。収穫は、豊かな果実ができるのを待ってからにするべきなのだ。
(おわり)

矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。