FXコラム

ウクライナ情勢で知っておくべきこと ―2―

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FXコラム|2014/05/15

前回記事:ウクライナ情勢で知っておくべきこと ―1―
https://fx.minkabu.jp/hikaku/fxbeginner/need-to-know-situation-in-ukraine/

政変とロシアによるクリミア併合

2004年に大統領選挙の混乱からオレンジ革命が起き、2005年1月に「親欧米派」のユシチェンコ大統領が誕生した。2006年6月のウクライナ最高議会選においてユシチェンコ大統領の与党われらのウクライナが惨敗。議会選挙で最大勢力となった地域党が議場を封鎖する間に社会党が与党連合を離脱。地域党、ウクライナ共産党の支持を受け、社会党党首モロスが最高会議議長に就任。「親ロ派」の地域党党首ヤヌコーヴィチ内閣が成立。しかし、大統領との権限争いで議会分裂、最高会議解散、2007年9月に臨時最高会議選挙が行われ、12月にティモシェンコ連合とわれらのウクライナが連合する形で「親欧米派」のティモシェンコ内閣が発足した。

2010年の大統領選挙にてヤヌコーヴィチとティモシェンコが激突。決選投票の結果、ヤヌコーヴィチが勝利した。2013年11月にヤヌコーヴィチ政権が欧州連合との政治・貿易協定の調印を見送ったことで、親欧米派などによる反政府暴力行為が勃発、2014年2月に事実上ヤヌコーヴィチ大統領を追放した。

反政府勢力がまがりなりにも選挙で選ばれた正当政権を、「暴力」で追放したことを否定する報道がなかったにもかかわらず、欧米は即座に反政府勢力を「暫定政権」と認めた。選挙で選ばれたヤヌコーヴィチ政権を暴力で追放した「暫定政権」を正当とみなす理由は、唯一、親欧米である以外に見当たらない。

1992年の建国以来、ウクライナの経済を援助してきたのはロシアだ。ソ連邦を共に支えたウクライナを、ロシアは主要な同盟国と考えており、安価にエネルギーを提供してきた。ユシチェンコがロシアと明確に距離を置き始めた後も、親ロ派のヤヌコーヴィチ大統領が追放された後も、それは基本的に継続されている。しかし、2005年以降、同国経済は落ち込む一方なのに、政治のトップは政争に明け暮れている状態だ。

一方で、親ロ派大統領の暴力追放は、同国在住のロシア系住民を不安にし、自治共和国レベルでの独立の再考を促すことになった。ウクライナの親欧米派は欧米の援助を当てにしているが、これまでのところは、ロシアが行ってきたような本気の支援は得られていない。経済は破綻し、ウクライナに属していると年金も当てにはできない。

もともとロシア領で、現在もロシア系住民が大半を占め、ロシア軍の基地もあるクリミアが、自治共和国レベルでの判断でロシアへの帰属を住民投票で決めたのは、自然な成り行きだ。住民の意思を「憲法違反」とし、編入を認めたプーチン大統領をヒットラーと呼ぶのは如何なものだろうか?

また、ウクライナではロシアと国境を接している東部にロシア系住民が多く、経済的には東部が西部を支えている形となっている。ロシア系住民はもとより、ウクライナ人でも、自治共和国レベルで、寄りすがるべき政治家はユシチェンコやティモシェンコ、「暫定政権」ではなく、プーチン大統領だと考えても不思議ではない。住民投票が無効だとするのは、ソ連邦崩壊後の流れを理解していない。また、「住民の意思」を違憲、無効と決めつけるのは無理があるかと思う。

ウクライナ情勢は、ソ連崩壊後の2000の自治共和国が、過去そのままに政治に翻弄されている旧ソ連の国内情勢だ。米国は混乱に乗じてプーチン大統領に揺さぶりをかけているだけで、大事に至るとは思えない。

米国の揺さぶりは、日ロ接近、独ロ接近などへの揺さぶりともなっている。

[DMMFX]

矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。