日本郵政の上場

【著者】

日本郵政の収益構造は極めて偏っている。典型的なガラパゴス構造だといえるかもしれない。日本郵政のファンダメンタルズは、このままでは魅力がないだけでなく、脆弱だ。株価が右肩上がりとなるかどうかは、今後どのように化けるかにかかっているといえる。

株価や為替のトレンドは、実需や長期保有の投資資金が決める。ヘッジファンドなどの投機資金は、買ったものは必ず売り戻し、売ったものは必ず買い戻すからだ。つまり、投機資金は価格に上下変動、ボラティリティを与えている。

投機筋はそうすることによって市場に流動性を与え、実需や長期保有の投資家たちが安全に売買できる環境を整えている。
もっとも、何事も程度問題で、行き過ぎた投機は市場を荒廃させる。

為替の実需や長期保有の投資資金の動向は、世界経済や貿易収支、金利差などを見ていれば、概要がつかめるようになる。トレンドを知るには、こういったファンダメンタル分析が役立つのだ。

例えば、日本の貿易赤字とは、外為市場で実需の円売りが円買いを量的に上回っていることを示している。実需や長期保有の投資資金が円を売っているのに、円高がすすんでいるとすれば、投機資金が円買いのポジションを膨らませている可能性が高い。つまり、円の売り戻しが予想されることになるのだ。相場観はそのように組み立ていく。

株式市場で、そういった実需に相当するものは何か? 長期保有の投資資金としては代表的なのが年金で、年金の買いはその銘柄を買い支え、株価を押し上げる力を持つ。年金は株式投資用に割り当てられた資金を使うので、構造的な買い手だといえる。

では、株式市場の構造的な売り手とは誰か? 実は、株式を発行する当の企業なのだ。日本郵政は、グループ3社、日本郵政、かんぽ生命保険、ゆうちょ銀行の株式の「売り出し」で1兆4362億円の資金を調達する。

売り出せるということは「買い手」がいることを意味する。市場での出合いとは、常に売り手と買い手とが1対で、売買成立で出来高となる。この時の買い手が、ヘッジファンドのような投機資金だけだと、上場後に値上がりすれば利食いで売り、値下がりすれば損切りで売る。保有している期間は限定的なので、投機資金しか買わないような銘柄の株価のトレンドは、資金調達の重みで、その後右肩下がりとなる。

現実には、年金や投信などの機関投資家が、日本郵政グループが魅力的であろうがなかろうが、一定量は買う。しかし、1兆4362億円の大筋は日本郵政グループが投資物件として魅力的がどうかで、長期保有に値するかどうかを判断する。ここでもトレンドを知るには、ファンダメンタル分析が役立つのだ。

株価のファンダメンタルズとは、安全性と収益性とが2本の柱だ。安全性が高いと、潰れる可能性は低いのだが、一方の収益性が高くないと、株価の右肩上がりのトレンドは期待し難い。では、日本郵政のファンダメンタルズはどうか?

日本郵政グループは総資産295兆円を誇る日本最大の企業グループだ。郵便物を中心に年間220億の荷物を運び、貯金と保険契約を合わせると200兆円を上回る。日本の個人金融資産約1700兆円の1割超を握っているのだ。その点では、日本国民は既に日本郵政グループのリスクをそれなりに取っている。

日本郵政グループの企業としての概要を、日経新聞がよくまとめてくれているので、気になる点を引用する。

「日本郵政のオモテの顔は郵便局ネットワークだが、収益の実態は子会社の金融2社に依存している。2015年3月期で売上高に相当する日本郵政の連結経常収益14兆円あまりのうち、大半をゆうちょ銀行とかんぽ生命保険が稼ぎ出す。約4800億円の純利益も同様だ。」

「グループ3社の上場後も日本郵政の100%子会社として残り続ける日本郵便は、ゆうちょ銀行とかんぽ生命から『窓口業務手数料』として毎年1兆円規模の支払いを受けている。ユニバーサルサービスの義務を負う日本郵便は高コスト体質から抜け出せず、金融2社からの手数料収入がなければ立ちゆかない。上場する金融2社にしてみれば、サービス維持のためのコスト負担が自らの成長への制約になりかねない。実質的に子が親を支える構図がいつまで続くのか、上場後の焦点のひとつだ。」

「これまでの民営化に伴う大型上場銘柄を振り返ると、NTTは上場直後こそ初値を上回って推移したものの、バブル崩壊後は水面下に沈んだ状態が続く。上場後も中長期的に好調な株価水準を維持しているJTやJR東海は、積極的な海外企業の買収やリニア中央新幹線計画など成長戦略が評価された結果と言える。日本郵政グループも国内中心の既存事業の拡大が見込みにくい中で、投資家を納得させられる成長シナリオを描けるのだろうか。」

「三菱UFJは資産の約4割を貸出金に振り向けているのに対し、ゆうちょ銀は資産の半分が国債を占め、貸出金はほとんどない。郵政民営化法によって貸し付けを含む新規業務への参入が制限されているためだ。当面は国債中心の運用から外国証券などに資産を分散しながら収益の積み上げを目指していくことになる。」

「上場企業の土地保有額をランキングしたところ、日本郵政は三井不動産に次ぐ第6位にランクインした。日本郵政が保有する土地約1.5兆円のうち、大半の約1.2兆円を日本郵便が持つ。郵便事業は歴史的に鉄道輸送網に支えられていたこともあり、主要ターミナル駅前の一等地に郵便局として利用してきた優良な不動産を抱えているためだ。」

参照:郵政上場、そのスケールと稼ぐ力
http://vdata.nikkei.com/prj2/jppreport/

窓口業務手数料については、東洋経済の以下の記事も参照して頂きたい。

「目論見書など新規上場にかかわる資料では、ゆうちょ銀行が日本郵便に支払っている委託手数料の内訳と定義について、初めて明らかにされた。2015年3月期の委託手数料は6024億円。その内訳は、窓口基本手数料2509億円、貯金関連2202億円、送金等968億円、資産運用商品関連23億円、営業・事務報奨321億円だった。」

「日本郵便にとって、ゆうちょ銀行からの手数料収入は、かんぽ生命からの手数料収入を上回る重要な収益源。これが大きく減るようなことになると、日本郵便はますます厳しい業績に追い込まれる。

日本郵便の株式を100%保有するのは日本郵政。ゆうちょ銀行の筆頭株主も日本郵政。ゆうちょ銀行、日本郵政とも11月4日の株式上場を予定している。ゆうちょ銀行が直営店のコストを効率化すると、親会社である日本郵政の収益が悪化するというアンビバレントな関係の下で、ゆうちょ銀行はどこまで本気で業務コストの削減に取り組めるのか。」

参照:ゆうちょ銀行と日本郵便、「相互依存」の矛盾

http://toyokeizai.net/articles/-/88838

矢口注:アンビバレント(利益相反)りえきそうはん‐こうい【利益相反行為】(デジタル大辞泉の解説)
当事者の一方の利益が、他方の不利益になる行為のこと。一定の利益相反行為は法律で禁止されている。
[補説]例えば、一人の弁護士または同じ法律事務所に所属する個別の弁護士が、原告と被告双方の弁護を受任することは弁護士法で禁止されている。また、遺産分割協議の際に親権者が子を代理することは民法で禁止されている。

日本の上場企業のファンダメンタル分析は、日本経済新聞社の「日経会社情報」か、東洋経済新報社の「会社四季報」に頼るのが一般的だ。個人投資家にとっては、そのどちらか1つが必要かつ十分な資料だといえる。

上の引用記事から私が感じるのは、日本郵政の収益構造は極めて偏っているということだ。典型的なガラパゴス構造だといえるかもしれない。日本郵政のファンダメンタルズは、このままでは魅力がないだけでなく、脆弱だ。株価が右肩上がりとなるかどうかは、今後どのように化けるかにかかっているといえる。

株価のトレンドは長期保有の投資資金が決める。安全性が高いと、潰れる可能性は低いのだが、一方の収益性が高くないと、株価の右肩上がりのトレンドは期待し難い。もっとも、値下がりした銘柄を持ち続けることも、株価の下支えには役立つとはいえるので、塩漬けして持ち続ける個人投資家たちは、発行企業にとっては、ありがたい存在だといえる。

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矢口 新

独自テクニカルで『相場のタイミングを捉える』 矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。