物価下落が悪い理由

戦争やテロ、自然災害などのイベントリスクを除外すれば、世界経済の最大のリスクはデフレであるようだ。実際に、日銀の政策目標は唯一、物価上昇だけであるし、欧州中銀もデフレ対策、景気浮揚として量的緩和に踏み切った。

日銀のように物価さえ上がれば金融政策が成功だと言えるほど、物価下落とは悪いものなのだろうか? 私はもう1つ理解できないでいたが、ブルームバーグにその理由が列挙されていた。

1、物価下落が続くと、消費者の買い控えが起きるため。
2、企業も同様に、価格下落を期待して原材料購入を先送りする。
3、販売価格も下がり、利益が減少する。値下げ競争となり、さらに事情が悪化する。
4、業績悪化、コストカット、リストラ、所得減、買い控えのデフレサイクルとなる。
5、利益、収入が減っても、債務は減らないので、債務負担が増加する。最悪の場合には破綻する。
6、デフレ対策として、政策当局は利下げを行うが、すでに低金利の場合には打つ手が限られ、量的緩和を行う。
参照:Why Falling Prices Are Actually a Really Bad Thing
http://www.bloomberg.com/news/2015-01-21/why-falling-prices-is-actually-a-really-bad-thing.html

私が仕事を始めた頃は、経済政策の究極の目標は「インフレなき経済成長」だった。完全雇用、景気拡大が目標なのは言うまでもないことなのだが、ここにインフレが加わると、実質成長を引き下げ、実質所得を押し下げるので、いずれ景気拡大の阻害要因となるからだ。

特に、債券ディーラーにとっては、インフレになると債券価格が下落するので、インフレ期待という言葉は当時はなかった。インフレとは懸念するものだったのだ。

では、上記の説明はどう考えればいいだろうか?

インフレとは、何かの価格が上がることだ。価格とはカネで測る何かの価値なので、何かの価格が上がるということは、そのままカネの価値が下がることを意味する。その時、すべての価格が一律に上がるのならば、秤の単位を尺や寸、あるいはフィートやインチから、センチメートルに換えただけで、他のことは何も変わらない。インフレは景気にプラスでも、マイナスでもない。

ここで問題が生じるのは、食糧や公共料金、生活必需品の値上がり、嗜好品の値上がり、原材料の値上がり、販売価格の値上がり、所得増、不動産価格、株価などなどの値上がりに差ができてくるからだ。

例えば、「インフレなき経済成長」が理想なのは、国全体の富の増加に比べて、消費者物価が上がらないからだ。つまり、富の分配が不平等であってさえ、実質所得が増え、購買力が増すことにつながるのだ。

この逆は、「経済成長なきインフレ」で、国全体の富が増えていないのに、消費者物価が上がるために、モノが買えなくなるのだ。デフレで起きるのは買い控えだが、インフレでは買いたくても買えなくなるのだ。デフレよりも、インフレの方がはるかに恐いのだ。ドイツ連銀が一貫してインフレを警戒するのはそのためだ。

アベノミクスで雇用市場が改善しているのは、インフレになったからではない。現実に消費増税分を引いたインフレ率は極めて低いままだ。世界にはインフレ高止まり、失業率高止まりの国々も多い。インフレは供給力不足からも来るので、失業率が高く、輸入品を買うだけの財力がないとインフレになる。そういった国々は通貨安でもインフレになる。

私は上記ブルームバーグの物価下落が悪い理由は的外れだと見ている。日銀の政策も的外れだ。あるいは、円安誘導を目標にすることはできないので、インフレ誘導は単なる方便なのかもしれない。

もっとも、インフレは債務負担を軽減することは事実だ。日本政府の債務は1000兆円を超えるので、日銀の政策は、財政再建の一環としてのインフレ政策である可能性も否定できない。

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矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。