チャットルームの公然の秘密が焦点-債券市場でも談合の機会か

参考:(ブルームバーグ)
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NQH6DH6JIJVM01.html

ウォール街の主要銀行が外国為替市場の操作で有罪を認め、約60億ドル(約7430億円)の支払いに応じることで5月に決着した米連邦当局の刑事捜査は、為替トレーダーに都合よく取引を調整するための談合の機会があるという「公然の秘密」がきっかけとなった。

米司法省で為替操作の訴追手続きを担当した部署は現在、12兆7000億ドル規模の米国債市場に新たに照準を定めて捜査に動きつつあり、米国債市場ならではの「公然の秘密」が焦点になる。

米財務省が年間を通じて数多く実施する米国債入札への応札では、プライマリーディーラー(政府証券公認ディーラー)22社のセールスパーソンが数十億ドルもの資金を動かす。事情に詳しい複数の関係者によれば、これらの金融機関の一部で働くトレーダーは、入札の数時間前に応札の具体的な中身を知り得る機会がある。

関係者によると、一部のプライマリーディーラーのトレーダーはオンラインチャットルーム経由で他行の相手と情報交換を行っており、関係者の1人よれば、顧客の国債注文 をめぐるうわさ話のやりとりも昨年時点で行われていた。

数兆ドル相当の債券の価格を動かすことも多い米国債入札は、グローバル市場への影響力が格段に大きいが、これらの銀行間で内々で交わされる会話を通じて、米国債に関する有益な情報がトレーダーにもたらされることもあり得る。

こうしたシナリオの可能性を描く関係者は、債券トレーダーが市場を出し抜くためにその種の情報を利用した特定の事例には触れておらず、いずれの銀行の不正行為の疑惑も指摘していない。さらに複数の銀行のトレーダーの間でどの顧客の注文が話題になったかや、どのチャットルームが使われたかについても正確に確認していない。

司法省のピーター・カー報道官と財務省のアダム・ホッジ報道官は、いずれもコメントを控えている。

(以下、矢口)
取引所集中ではなく、相対取引が主体の外為市場、債券市場、マネーの貸借市場では、「村社会」的な仲間内での情報交換が当然のように行われていた。村の長的な連中はベテラン・ディーラーや、有力ブローカーたちだ。東京で外債ディーラーをしていた私が、ニューヨーク時代に米国債のディーラーを希望しながら、為替のデスクを任されたのは、米国債の業者間村社会に日本人が入ることは無理だと、会社が判断したからだ。

ブローカーはその顧客であるディーラーたちの情報に長け、ディーラーはその顧客である投資家たちの情報に長けていた。また、ディーラーたちは同業者のうちで仲の良い連中の情報を持っていた。そういった顧客情報は守秘義務があるのだが、情報ビジネスでもあるので、ディーラー仲間内での情報共有は程度の差こそあれ、誰もが行っていた。むしろ建前の守秘義務があるために、「村社会」となっていたのだ。

欧米人は個人主義と言われるが、オールド・ボーイズ・ネットワークという言葉があるように、学校の同窓生や社内派閥、遊び友達、業界の勉強会、経営者の親睦団体など、排他的で非公式な人間関係や組織構造を、日本人と同じように構築するのだ。

時にはそれが災いし、米国債の入札時に仲間を募って不正入札し、刑務所に入ることになった米国人の知人もいる。ロンドンの為替ディーラーなどは、会社に対するよりも、仲間に対する忠誠心の方が強く、東京のディーラーがロンドンに預けたオーダーがそうした仲間内で利用されることもしばしばだった。東京時代の私などは自分のオーダーがあまりに頻繁に利用されるので、自社の海外拠点にオーダーを預けることを止め、そのレートに近付いたなら夜中でも電話で起こして貰うように方針を変えた。

それでも私は、それもゲームの一環だと思っていた。ディーラーたちは顧客に売り買いのレートを建てることでリスクに曝されている。性質の良くない投資家などは、巨額の注文を複数の業者に同時に出すようなこともあったので、知らずにぎりぎりの良いレートを出せば、カバーできずに大損してしまう。リスクを軽減させるためにはそうした情報交換も、それなりに必要だったからだ。何事も程度問題、バランス感覚なのだ。

サブプライムローンによる米住宅価格のバブルは、米銀行が実質的に顧客の名義を借りて自己資金(=顧客の預金)で住宅を買い上げるという、度を越したものだった。それがリーマンショックにつながったことで、今度は規制強化が進んでいる。とはいえ、規制強化も程度問題、バランス感覚かと思う。的を外すと、かえって肝心なところの規制が抜け道だらけとなりそうだ。

【みんかぶマガジン】矢口氏のコラム
最新記事:16/12/5「イタリア国民投票の焦点
矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。