ONE‐AND‐‟DONE”ー 米利上げは単発で終わる ー

FRBは伝統的な金融政策を取り戻したいと望んでいますが、足元の経済指標は必ずしも利上げの必要性を示唆していません。最終的には、これまでのFRBの取り組みは、ゼロ金利政策に回帰するプロセスを遅らせただけという結果となる可能性があります。

利上げは1回限りなのか?この問いかけは、2015年下半期に大変重要な意味を持ちます。米連邦準備制度理事会(FRB)が実際に利上げを行った場合、単発で終わるのでしょうか、それとも利上げサイクルに入っていくのでしょうか。

最小限の痛み

利上げが単発であれば、市場は「FRBがさしあたりやることをやった」と判断し、外国為替相場は米ドル安に転じるでしょう。市場ではアメリカ経済について2015年下半期から成長が加速するという予測でコンセンサスが取れていますが、資本コストの上昇がその加速を阻むとも言われています。結果として、金・銀などのコモディティが他のアセットクラスをアウトパフォームすると予想しています。

 利上げが単発に終わらない場合は、FRBは最初の利上げから2年以内に金利を数回引き上げ、2018年までに政策金利(フェデラルファンド金利)は2.0%に上昇することが考えられます。上げ幅は緩やかに見えますが、過去9年続いた事実上のゼロ金利政策と比較すると劇的な変化です。その結果、金利のボラティリティが高まり、伝統的なロングオンリー(買い持ち専門)のポートフォリオではマイナス運用を余儀なくされることでしょう。

 私の個人的な見解ですが、世界経済は言うまでもなく、アメリカ経済も現状では数次にわたる利上げに耐えることは難しいと考えています。痛みを最小限にとどめるため、FRBの利上げは1回限りだと予測しています。

 今後のFRBの動きについて、どのアナリストも利上げを前提にしてコメントしていますが、利上げは既成事実ではありません。しかし、FRBは2015年内に通常の金融政策に向けたプロセスを開始することを市場に繰り返し約束してきたことは事実です。

 FRBは、低金利を長期間維持することから得るメリットは、低金利がもたらす「バブル」のコストと比較すると小さく、大規模な量的緩和策はFRBが「資産インフレ」と呼ぶ現象を引き起こしていると判断しています。

 ここでFRBの利上げが単発で終わるという予測の根拠をご説明しましょう。

 FRBには、「物価の安定」と「完全雇用(雇用の最大化)」という2つの法的使命(デユアルマンデート)が課されています。そこで、私はFRBがその使命に則した金融政策を進める必要性に関して、以下の条件で簡単な「予測モデル」を作成しました。

a) 2%のインフレ目標
b) 安定した失業率(インフレを加速させない失業率は4~5%)
c) そのうえで、最良ケースの長期成長率は3%を想定

 方程式で表すと下記のとおりです。
(インフレ目標+長期成長率)-失業率=2%+3%-5%=0%

 0%は中立(サンスクリット語ではニルヴァーナ)を意味します。FRBはこの方程式の右辺が1.0%を超えれば利上げを、マイナス1.0%以下になると利下げを行うと仮定します。

graph01「歴史を無視するのなら自己責任で」 (出所)ブルームバーグ

過去の経済データを上記の方程式に当てはめてチャートを作成しました。このチャートはFRBが利上げを行う状態にないことを示唆しています。しかし、FRBは政策金利を引き上げると言っています。

なぜ9月か

 FRBは、ゼロ金利がもたらす影響を緩和するためにも、アセットインフレ(別な言葉ではアセットバブル)を防ぎたいと願っています。つまり、FRBが2006年以来の利上げに踏み切れば、それはデータに裏付けられた政策判断ではなく、政治的な決断ということになります。後者だとすれば、FRBにとって都合のよい時期は9月です。

成長なくして栄光なし

弱い経済データは、アメリカ経済のこれまでの実績を表しています。2015年第1四半期のGDP成長率はマイナスでしたが、それは成長の勢いが弱いことを示唆しています。そのうえ、中国経済は失速寸前にあり、ヨーロッパは域内に常時問題を抱えています。さらに、世界経済の実態もはっきり見えてきました。

 世界経済の2015年の実質成長率は3.0%には達せず、サクソバンク予測チームのマクロエコノミスト、マッス・コフォーズは2.4%の緩やかな伸びを予測しています。その根拠となる主要国・地域の2015年の予測成長率は、アメリカが2.4%(リフトオフ=利上げがないことを前提)、ヨーロッパは1.8%、中国は6.7%、日本は1.0%です。

 これらの全ての国・地域で2013年、2014年と比べると成長インプットコストが大幅に下がっていることを考慮すると、非常に冴えない数字だと言わざるを得ません。

サクソバンクの欧州インプットコストモデル(SAXO EUro Growth Input)

graph02

上述のマッス・コフォーズを含めたサクソバンク予測チームは、2015年下半期は成長インプットデータにかなり改善が見られると予想していますが、全体のベースが非常に低いことを考えると、改善ペースは緩やかです。改善速度が上がらない原因は、経済の構造改革が遅れているからです。

トリプルゼロ

 主要先進国は、基本的にゼロ成長、ゼロインフレ、ゼロ(構造)改革という「トリプルゼロ」環境の渦中にあります。そのことから次のような結論が得られます。多くの資産クラスで5年後の期待リターンはゼロとなり、構造改革やインフレーションのサプライズによる上昇なしには、ゼロ成長から離脱することは痛みを伴うでしょう。

 2015年が幕を開けると、市場はデフレ警戒一色に変りました。欧州中央銀行ECB)がインフレ懸念を否定していた2014年当初とは180度違う展開でした。それから1年後の2015年第1四半期にECBは量的緩和(QE)を正式に決め、国債買い入れを開始しました。

 しかし、最大のポイントである「インフレ期待」は高まり続けています。言うまでもなく、それは、実際のインフレではなく、市場が予想する将来のインフレ率のことです。

インフレ期待=期間10年ブレークイーブンインフレ率(BEI

graph03

このチャートからは、2015年に入って「タームプレミアム」(期間に応じた上乗せ利回り)が急上昇に転じたことが一目瞭然です。タームプレミアムの上昇は、インフレ率が成長率を上回るペースで上昇していることを意味します。私はアメリカとドイツの10年物国債の利回りは今後、直近の底値から100ベーシスポイントほど上昇すると予測しています。

 資本コストの上昇は、資本の限界コストの増加を招き、債務者の負担増につながり、経済成長率をさらに下押しすることになります。

ドイツ10年国債利回りは将来のインフレを織り込み済み

graph04

以上のことから、2015年前半のデータと金融当局の積極的な政策対応から判断すると、上半期の市場展開は債券市場への早期警戒シグナルだったという1つの結論が導けます。

著しい変化の予兆

 利回りとインフレ率の長期に及んだ下降サイクルは最終段階を迎えています。水は0度で氷になりますが、経済もゼロでは機能不全に陥ります。早期警戒シグナルは、国債利回りが長期変化期に入ろうとしていることを私たちに伝えています。

 年末にかけて金利が上昇し、資本コストを押し上げることが予想されます。それに成長インプット(コモディティ、エネルギー、資本)のコスト増が成長の足かせとなり、ヨーロッパとアメリカは再びゼロ成長に向かわざるを得なくなります。そうなれば投資家は国債を選ぶ傾向を強めるので、債券利回りは再び低下する可能性が出てきます。

 しかし、景気循環がここから先に進めば、マクロ経済を含む景気の本格的な改善が期待できます。その場合、中小企業が資金調達を再開し、マネタリーアグリゲート(通貨集計量)が増え、賃金も緩やかながら、この景気循環の過程では初めて上昇に転じることが予想されます。

 2015年の景気改善は、希望だけが先行するフライング気味なもので終わりましたが、景気循環は2016年前半に底を打つと予測しています。その後は、経済ファンダメンタルズを(マクロ経済データに基づくトップダウンアプローチではなく)企業業績や株価で判断するボトムアップアプローチを通して景気回復を確認しながら改善に向かう見通しです。

 景気循環がほぼ8年続いた後退期から回復期に向かい始めれば、それは「良いニュース」で、アメリカの雇用、メイン・ストリート経済(アメリカの中小企業や地方経済)、成長のすべてにとって好材料となります。

 「悪いニュース」は、国債利回りが長期変化期を経る過程で、資金が株式市場や債券市場から実体経済に流れて行き、期待収益率はゼロに下がり、ボラティリティの著しい上昇という副作用が生じることです。

 結局、私たちは原点回帰することになります。資本をマクロ経済全体により多く流すのではなく、実体経済における資本の限界コストを下げるために供給するように努める必要があります。

 私の最もお気に入りの政治家の1人であるウィンストン・チャーチルの言葉を引用して、今回の私のレポートを締めくくります(日本語訳はeStory Post「ウィンストン・チャーチル名言まとめ」から)。

 「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは続ける勇気だ」

サクソバンク証券株式会社

サクソバンク証券株式会社

サクソバンクは1992年にデンマークのコペンハーゲンで設立された投資銀行です。数々の賞を獲得してきたオンライントレードツール「SAXOTRADER」の開発と、独自のビジネスモデルにより、プロの機関投資家から常に高い評価を受けています。 180カ国以上の顧客にサービスを提供し、トレーダー、投資家の真のグローバルパートナーとして設立された投資銀行です。