FXコラム

マインドに訴えかける金融政策と、実体経済との大きなズレ

【著者】

日本銀行の現状の金融政策は「マインドに訴えかける」ものだ。

黒田総裁は、マイナス金利政策は「金融機関の収益圧縮(地方銀行の6割以上が本業で赤字:金融庁試算)」や「保険や年金の運用利回りの低下」などにつながるが、そのこと自体は大した問題ではなく、そのことで人々のマインドが萎縮することが問題で、それがデフレにつながっていると解説した。

従って、日銀の金融政策の目的は、「『量的・質的金融緩和』を推進することによって、『フォワード・ルッキングな予想形成』を強化し、人々の予想物価上昇率を2%の『物価安定の目標』にアンカーさせること」だとし、人々のマインドをデフレに向けさせないことだとした。

9月21日発表された金融緩和強化のための新しい枠組みである、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」も、日銀の基本姿勢である「マインドに訴えかける」ものだった。

そこでは、量的緩和の限界を強く示唆し、10年以上の国債の買い付け額を減らす一方で、それよりも短い国債を増やすことで、日銀のポートフォリオの短期化、事実上の金融引き締めに転じたが、コミットメントや約束するという「言葉」には限界がなく、勝てると信じれば勝てるという、マインドに訴えかける「精神力」頼みが見てとれた。

黒田総裁は、日銀自身がコストとみている「金融市場の流動性低下」、「金融機関の収益圧縮」、「今後の貸出金利の下げ止まり」、「保険や年金の運用利回りの低下」、「貯蓄性の商品の一部で販売停止」、「退職給付債務増加による減益要因」などというコストよりも、「2%の物価安定の目標」というベネフィットの方が大きいと説明していた。

しかし11月1日の会合では、自身が唯一のベネフィットだと信じる「2%の物価安定の目標」さえ、任期中には達成できないと認めた。つまり、多大なコストを払いながら、唯一のベネフィットさえ得られなかったことになる。

そして、総裁は会合後の記者会見で、物価について「デフレマインドは相当強く、払拭に相当な時間を要している」と語った。ここでも、「マインドに訴えかける」政策が継続中なのを繰り返した。

一方で、11月4日に発表された日銀調査、2016年の2人以上の世帯の金融資産の保有額は平均で1078万円と、前年の1209万円から減少、12年ぶりの低水準だった。金融資産の保有目的(3つまで複数回答可)は「老後の生活資金」が70.5%と引き続き最多で、水準は過去最高を更新した。次いで「病気や不時の災害への備え」が63.7%だった。老後の生活が「心配」と回答した世帯は全体の83.4%と前年の80.6%から上昇した。

金融資産を保有している世帯の保有額は平均で1615万円と、前年の1819万円から減少した。預貯金が55.3%と53.2%から上昇。一方、株式や投資信託を中心とした有価証券が16.1%と17.7%から低下した。なお、NISAの保有額は前年の156万円から167万円に増加した。

金融資産を保有していない世帯は全体の30.9%と前年から横ばい。「無貯蓄世帯」の割合は13%だった。回答率は44.8%。

金融資産が12年ぶりの低水準で、83.4%が老後の生活を心配。金融資産を保有していない世帯が30.9%の国で、「マインドに訴えかける」政策が果たして妥当だったのだろうか?

私はこの数値さえ控えめだと見ている。回答率44.8%から漏れている半数以上の世帯の中には、自分たちの状況を直視し、日銀に回答するだけの意欲を持ち合わせない世帯が少なからずいると思われるからだ。

私には、日本の金融政策は実体経済から大きくズレていると、思えてならない。

【みんかぶマガジン】矢口氏のコラム
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矢口 新

矢口 新

大学卒業後、国内外の大手証券会社にて為替、債券のディーラー、機関投資家セールスを勤めた後、株式会社ディーラーズ・ウェブを創業(2002年5月~2013年5月)。2013年4月まで同社代表取締役社長。